■傷口をいったん開きまーす♪♪手術しまーす♪♪

受け止めてほしい欲求

見返り欲求

というものがあるとすれば。

 

どちらも「相手にして欲しいこと」というのはあるんですよ。

 

 

私の気持ちを受け止めろよ!!!!

 

 

これだけは両者完全一致です。笑

 でも、前提が違うのです。

 

受け止め欲求というのは、基本的にはすでに満たされている状態です。

でも、何かしらのイベントが起こった時、

 

・自分一人だけではいてもたってもいられない

・この気持ちを誰かに伝えたい

・この気持ちをただ受け止めてもらいたい

 

とただ「今私にはこんな気持ちが在る」ということを相手に知って欲しい欲求です。

 

・自分の気持ちを相手に審査して欲しいのではなく、

・ただただ、受理してもらえれば良いということ。

 

 

見返り欲求というのは、前提としていつも気持ちが枯渇しているような状態です。

何かしらのイベントが起きても、起きていなくても、

 

・常に人から「それでいいんだよ」と言って欲しい

・私がしたことや言ったことに対してそれ相応の、もしくはそれを越えてくる言葉が欲しい。

 

「そのまま」でいるにはどうにも足りない。人から優しい言葉をかけて欲しい。

 

それも、「欲しい言葉」というのをすでに準備して待機しています。

 

 

常に一定のペースで誰かから

 

「想定している言葉」

 

という応急処置をしてもらわないと血がダラダラなのです。

 

安心ができないのです。

 

 

応急処置の仕方はプロ並み。消毒液もガーゼもなんでも持ってる。

でも本当は手術並の傷を負ってるのです。

そんなことしたってすぐ傷が開くのです。

 

・傷を負ってることを気づいていないのか

・気づいてるけど気づかないふりをしてるのか

・めんどくさくて放置してるのか

・治る方が困るのか

 

どれかなんでしょう。

 

この「傷」というのは、自分の本当の望みが何かわかっていない状態です。

 

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「核」となる向き合わなければいけない対象があります。

 

対象の相手・物事・環境をどうにかしたいと思っていると

確実にどうにかなりません。

 

相手の理解、勉強や仕事の成績、良い環境作り・・・

 

いくら頑張っても相手の言う通りに従っても成績が良くても「もっともっと」と欲しがって応急処置グッズばっかり増えます。

 

自分の本当の望みというのは、

 

「自分が」、対象の相手・物事・環境をどう捉えたいのかということです。

 

対象が親であれば、どう理解してもらうかではなくどう理解してあげられるか

 

親の何を理解してもらいたく、何を理解したいのか。

 

でもさ~~~~~~~~

 

手術するのって怖いじゃ~~~~~~ん

 

痛いじゃ~~~~~~ん

 

時間かかるじゃ~~~~~~~~ん

 

 

手術するというのはつまり、、、

・自分と向き合わなきゃいけないということ。

・他人や環境のせいにできないということ。

・自分が積極的な姿勢でなきゃいけないということ。

 

 

応急処置のプロになりたいのか

自分の一番の望みを叶えたいのか

 

 

 

これは自分で選べるのだということ。

 

自分の望みを叶えたいのなら、

 

何が「核」となる対象物はなんなのか、はっきりと見極めること。

 

人って「核心的なもの」には触れないでおこうとするのですよ。

 

「核」にどれだけ向き合える勇気を持つか

 

で自分との付き合い方は大きく変わっていきます。

 

 

 自分に向き合う覚悟を持った人。心の手術する覚悟ある人。LINE@に来てくれな。ちなみに。向き合う覚悟がない人は。入っても意味ないんで。そこだけはご了承お願いしますよ。

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検索用@nok0668t(@をお忘れなく)